先進国の大罪

ここでは、「先進国の大罪」 に関する記事を紹介しています。


キャロル・オフ著「チョコレートの真実」を読み終えました。

チョコレートといえば、子供たちの大好きなお菓子の代表格です。甘くてちょっとほろ苦いチョコの風味は、ケーキやアイスクリームなど様々な種類のスイーツの材料としても欠かせません。
そのチョコレートの原料となるカカオ豆ですが、最大の生産地は日本人になじみ深いガーナではなく同じ西アフリカのコートジボワールで、欧米では古くから苦味や酸味の強いコートジボワールのカカオ豆が多く消費されています。一方、日本で使われるカカオ豆の8割は、日本人好みの風味や政情が安定していることなどの理由でガーナから輸入されています。

少しタイムリーな記事ですが、2011年1月26日の日経新聞では、コートジボワールの政情不安により同国のカカオ豆の輸出が全面的に禁止され、2月14日のバレンタインデーを前にカカオ豆価格が急騰していると報じています。
前年11月の大統領選挙に勝利したワタラ元首相が、選挙結果を無効として政権に居座るバグボ氏の有力な資金源であるカカオ豆の輸出を禁じることで、氏の勢力を弱体化させるのが狙いです。
このように、コートジボワールでは長年にわたり一部の権力者によってカカオ豆をめぐる利権が独占され、不当な低賃金や長時間労働によって劣悪な環境で働かされている農園労働者から搾取されてきました。

本書では、カカオ豆をめぐる暗黒の歴史を検証し、かつて植民地時代に綿や砂糖の栽培地で行われていた奴隷制農業さながらの実態が、コートジボワールにおけるカカオ豆の生産現場で今でも行われているという衝撃の事実が、女性ジャーナリストである著者の危険を顧みぬ徹底した取材によって赤裸々に描かれています。

1960年にフランスから独立したコートジボワールは、カカオ豆の「安定化基金」を設立して安定供給を図り、国の保護の元でカカオ産業を育成して「アフリカの奇跡」といわれる程に発展しました。ところが1980年代半ばにカカオ豆の国際価格が供給過多により暴落、欧米諸国との交渉に敗れ、90年代には貿易赤字に陥った政府がIMFの民主化圧力を受け、アメリカのチョコレート資本に屈して「安定化基金」を解体し、その結果カーギルやADM、ネスレなど欧米の穀物メジャーとの市場競争にさらされ価格決定権を握られました。更にその後の内戦ではカカオの収益が戦争の財源とされ、政府高官やゲリラ勢力から搾取される構図が生まれました。

アムネスティ・インターナショナルによると、チョコレート価格のうちカカオ豆農園主に渡るのは0.5%、200円のチョコレートではわずか1円です。そこから農園労働者に支払われる賃金はさらに安い金額になります。この市場価格の安さが児童労働、子どもの人身売買につながっていると指摘します。
カカオ農園で働かされる児童たちは、チョコレートを食べたことも見たこともありません。
彼らは隣国のマリなどから両親に売られ、そのほとんどは学校へ行くこともなく、奴隷のように扱われカカオ農業に従事しています。
世界中でチョコレートが愛される陰には、人身売買、児童労働、政府の腐敗、巨大企業の陰謀、貧困、民族間対立など、陰惨とした現実と不条理な問題が存在しています。

特に私が感じたのは、安価で良質な商品を求める消費者の姿勢が、他方で劣悪な生産環境を促進させているという現実です。
モノが安く手に入るということはどういうことか。その生産現場ではどのようなことが行われているのか。
100円ショップに並ぶ"Made in China"の商品は、都心部を中心に爆発的な経済発展を遂げる中国経済の陰で、地方の山村部の農民や工場労働者による過酷な労働環境のなかで生産されています。
日本を含めた先進諸国や海外企業は、価格面での国際競争力を重視するあまりそれらの事実を黙認し、社会や経済基盤の整っていない後進国において、圧倒的な政治力や資本力を背景に、児童労働など劣悪な環境が放置された現地企業に対して有利な契約を交わし取引をしているのです。
なぜなら、利益を最大化するためにはより安いコストで買い付けることが、資本主義における経済活動の原点ですから。

光があるから闇があり、富があるから貧困もまた確実に存在します。
我々消費者は、経済活動の裏側にある世界の現実にもっと目を向けなければなりません。
しかし先進国で生活する多くの人々にとっては、一次産業や生産現場に接する機会が少なく、人間の営みといったものに対する感覚が麻痺しているのかもしれません。そう考えると、我々の生活のもっと身近なところにまず解決すべき問題があるような気がします。

例えば、スーパーの店頭に並ぶきれいにパックされた精肉の裏には、生きた牛や豚や鶏が食糧として市場に供給される過程があり、誰かがそのような工程を担っています。そこでは一頭の牛が飼育され、出荷され、肉工場でばらされているのです。

※以下の部分には残酷な描写が含まれるので、苦手な人は読み飛ばしてください。

私はかつて所属していたボーイスカウトの活動で、鶏の飼育から屠殺、下処理、調理までを経験しました。
長いキャンプ生活の間、班ごとに割り当てられ自分たちで育てていた鶏を最終日に調理して食べたのですが、まず鶏の首をナタではね(鶏は首を切られてもしばらくは血を噴き出しながら脊髄反射で走り回ります)、足を縛って逆さ吊りにして体内の血を抜き、羽を一本一本むしり、肛門から指を突っ込んで便を掻き出した後、調理するわけです。
(余談ですが、ある日のメニューはドッグフードでダシをとり、ヘビ、トンボ、カエル、イナゴ等を煮込んだスープでした)

※ここまで

私の場合はこうして「食物連鎖の頂点にいる人間がしているのはこういうことなのだ、きれいごとでないのだ」という現実を中学時代に目の当たりにしましたが、学校でも社会教育の一環として上記のような体験をする機会や一次生産・加工現場の見学などをもっと取り入れる必要があるのではないでしょうか。

また、欧米諸国はかつて植民地統治によりアジアやアフリカの人々から搾取を行いましたが、現代においても資本主義という経済原理のもとで同様のことが続けられています。
「西側諸国はもうこれ以上アフリカから搾取するのを中止すべきだ」と訴える、ある黒人リーダーの言葉が胸に突き刺さります。

現在、途上国の自立や環境保全のため公正な価格で取引をする「フェアトレード(公正貿易)」という試みがあります。
しかし、アメリカのチョコレート市場でもフェアトレードのものは市場占有率が1%にも満たないそうです。またフェアトレードのチョコレートに使われるカカオ豆は西アフリカ産以外のもので、直接これらの地域のカカオ豆産業従事者への手助けにはなっていません。

著者のキャロル・オフは、タブーに踏み込んだ命がけの取材を通して至った想いとして、著書の最後にこう述べています。
「これから先の未来においても、ずっと昔から続いてきたこの不公正な現実がなくなることはないだろう」

確かに人間が欲望のままに消費を続けている限り、これらの不条理な貧困問題は世界からなくならないのかも知れません。
日本でも、所得の低い非正規雇用者などは生活のために安い海外商品を選ばざるをえません。
それでも我々は、まずは一人ひとりが行き過ぎた消費行動を考え直し、適正な価格のものを買う取り組みを始めていくべきではないでしょうか。


【参考サイト】
アムネスティ・インターナショナル日本
特定非営利活動法人ACE「チョコレートと児童労働」
フェアトレード情報室「子供の奴隷が作るチョコレート~カカオ生産現場の児童労働」
コートジボワール大使日誌「安定化基金の破綻」
Democracy Now! Japan 

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